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輝く女性の「私が社長になったわけ」 vol.8 エコトワザ代表取締役 大塚玲奈氏  PAGE : 1/2 >

「なぜ彼女は輝いているの?」
そんな疑問に答えるため、輝く女性社長に注目して「社長になったわけ」、つまり彼女たちのルーツを解き明かすことで、輝く秘訣を探っていく「女性道」探求企画・第8弾!

Today’s Guest

あなたにとって「いい生活」って何ですか?
これは、今回お話を伺った大塚玲奈さんが運営するエコトワザからの問いかけです。例えば、人や自然を思いやる生活ができているか?環境を守るために私たちには何ができるのか?そんな問いかけに対して、様々な暮らしの知恵や技あり道具を教えてくれる存在がエコトワザです。そんな”エコトワザ”を生み出した大塚さんから、女性としてだけでなく一人の人間としての魅力満載な生き方を学びたいと思います。


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大塚玲奈 PROFILE

大手企業にて営業・財務などの業務に携わった後、2007年に株式会社エコトワザを設立。WEBサイトや雑誌『eco+waza』を通じて、日本のエコ技を日本語と英語のバイリンガルで世界へ発信している。

株式会社エコトワザ≫


─今年設立から5年目を迎えたエコトワザ。昔からエコ活動をベースにした起業を目指していたのですか?

大塚 小学生の頃から喘息になったのをきっかけに、「大気汚染って何だろう?」と環境問題に興味を持つようになりました。そして高校生の時に自分の将来像を描いた際、環境問題に取り組みたいと思ったんですが、周囲の人からは口を揃えて「ボランティアでやりなさい」と言われました。環境問題はお金に結びつかないと思われていたし、同時に、「慈善活動であるべき環境への取り組みで、お金を稼ぐとは何事だ」という考えを持っている方も多かったんです。
ただ、私は慈善だけでは環境への取り組みは続かないと思っていたし、環境は経済より優位に立つべきものだと信じていたので、仕事を通して環境に良いことをする会社があれば、環境問題を自然と解決できるんじゃないかと思って、そういう会社を作りたいと高校時代に思いました。

─高校生にしては成熟していますね?私は高校時代、将来何がしたいかなんて考えもしなかったです(笑)

大塚 たまたま高校の卒業式で答辞を読む機会があって、その内容を考える際に、将来何がしたいかを色々考えたのがきっかけでした。だから、高校時代の友人には、環境に取り組む会社を作ると当時から言っていたので、今の私の状況をみて「実現したね」と言ってくれる人も多いです。
大学時代には、環境問題を考えるサークルを立ち上げました。環境問題を勉強しながら、イベントを企画・開催するサークルです。当時はそのまま起業に繋がればと思ったこともありましたが、やはりそれは難しくて。


実生活を変えていけるような仕事をしたい

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─難しいと言っても、イベントを通して収益を上げられていたならば、そのサークルの業態をそのまま会社にできたのではないですか?

大塚 その時、何が難しいかと思ったかというと、サークル活動を通して行っていたイベントなどでは、啓蒙活動という意味では根が浅いという点なんです。例えば演劇やゲームを通して環境問題を考えても、参加者は家に帰るともうそのことは忘れてしまうので、環境問題を継続的に考えるという意味では効果が薄いのです。そこで、やはりもっと実生活を変えていけるような仕事をしたいと思たんです。
でも、すぐにはビジネスモデルが見つからないまま時間も経ち、アメリカへ留学することになりました。


悪い連鎖を止める一人目になる

大塚 その留学中、ちょうど9・11が起こったんです。9・11の後、同じ寮に色んな人種が集まっていたこともあり、それぞれの人種の学生たちがそれぞれの立場で誰が悪いなどの議論を繰り返して、学生たちの間の雰囲気が悪くなってしまいました。すると、そこで寮長さんが学生を集めて、心に残るスピーチをして下さったのです。「憎しみを連鎖することは簡単だけど、ここにいるみなさんはそれを止める一人目になってください」という内容で、その言葉で私も「環境問題も戦争問題は一緒だ」と気付き、環境問題に対して日本が悪い連鎖を断ち切る一人目になれたらと思ったんです。
例えば、環境問題も戦争問題も、誰かが誰かのせいにしてしまうから連鎖が止まらない訳です。途上国VS先進国とか、企業VS個人VS政治とか、人のせいにすることでいつまでも問題が解決されない。でも、環境問題については、日本が「やめようよ」と言う一人目になれるんじゃないかと思って、その思いがエコトワザを創るきっかけになりました。

─お金に繋がらないと言われる環境問題をビジネスにできたのはいつ頃からですか?

大塚 今でも大変ですよ(笑)
最初は環境に良いものを作っている中小企業に対してコンサルティングという業態で始めました。商品を掲載した雑誌を作って、どうやって販売を伸ばすか?という視点でアドバイスをしたり、当初は雑誌に広告を出してくださった企業もありました。でも、やっていくうちにもっと生活者の側に役に立つ雑誌にしたいと思って、企業から広告費をもらうよりも、環境に良い生活を提案するような内容の雑誌に変えていったのです。そうしたら、それに伴って応援してくれる企業も増えてきて。
また、ちょうどその頃、海外向けに英語のサイトを始めていたので、その海外向けサイトも応援して下さる企業が増えて、今では約70社とのお付き合いがあり、約250の商品を取り扱っています。

─スゴい数ですね。海外の人にとっては、環境に優しい日本の技が利いた商品をネットで購入できるというわけですね。

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大塚 実は、ずっと海外向けの英語版しかやってきていなかったウェブサイトだったのですが、東日本大震災をきっかけに、自分も含め、日本人でも日本の良いものや知恵を知らなかったりすることが多いということに気付いて、5周年を機に日本語版のウェブサイトも開設するに至りました。

─次々と新しいことに取り組んで来ていますが、性格は慎重なタイプというよりも勢いに任せるタイプですか?

大塚 どちらかというと飛び込むタイプです(笑)
ある週末に、アル・ゴアのドキュメンタリー『不都合な真実』を映画館で見た時、観客が映画の内容に対して熱心にうなずいて、共感していたのです。それを見て、10年前には無かった現象だなと思いました。みんなの環境問題への興味の高まりを感じたんです。そして、環境問題でビジネスをするには機は熟したと感じて、次の月曜日に勤めていた会社に辞表を出しました。

─いきなり辞表を出された会社も驚いたでしょう?

大塚 実はいきなりではなく、入社した時から「起業したいから3年で辞める」と言っていたんです。会社の意図があったのかは不確かですが、経営者になりたいと思う私に有意義なチャンスを惜しみなく与えてくれた会社でした。入社当時から難しい営業先を任されて営業の勉強を徹底的にやらせていただき、営業を学んだ後に今度は営業チームを作る話を任せていただき、その次は事業計画を作る立場で財務を勉強できる機会を与えていただいたり。当時の会社が、私に経営者として必要な要素を培う機会をどんどん与えてくれたんです。
だから、辞表を出したときも驚かれるということは無かったです。



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