Home > vol.30,輝く女性の「私が社長になったわけ」 > 輝く女性の「私が社長になったわけ」 vol.5
輝く女性の「私が社長になったわけ」 vol.5 カメリアエンタープライズ 佐野由美子氏  PAGE : 1/2 >

「なぜ彼女は輝いているの?」
そんな疑問に答えるため、輝く女性社長に注目して「社長になったわけ」、つまり彼女たちのルーツを解き明かすことで、輝く秘訣を探っていく「女性道」探求企画・第5弾!

Today’s Guest

今回は、著書「リピート率10倍アップの飲食店繁盛術」を出版され、レストランプロデューサーやフードコーディネーターとしてもご活躍のカメリアエンタープライズ代表取締役の佐野由美子氏にお話を伺いました。
佐野さんは飲食業とは全く違う業界から20代後半で転職を決意。最初は接客のアルバイトから足を踏み込んだ飲食業界で、彼女ならではの努力と気配りで実績を積み上げ、今ではご自身の会社カメリアエンタープライズとして飲食業界で働く現場スタッフへの研修やマナー講座までも手がけるようになりました。年間50回を超える研修と講演のために、日々、日本全国を駆け回る佐野さん。彼女の仕事への意欲はどこから湧いているのでしょうか?


プロフィール 画像

佐野由美子 PROFILE

1960年横浜生まれ。FCAJ(日本フードコーディネーター協会)理事。
現在、1996年リニューアルオープンした中国料理「赤坂璃宮」をはじめ、ホテル、レストランの開業・再建のコンサルティングを中心に活動。
特にスタッフ教育、人的資源の質を高める分野での実績が多い。

カメリアエンタープライズ>>
http://www.camellia-e.co.jp/index.html

オフィシャルブログ>>
http://yumiko-sano.modelbk.com/blog.php


─生命保険会社から27歳で転職を決意したということで、全く異業種の世界へ飛び込むことになったのですが、どういう思いで決意したのですか?

佐野 OLとして働いていた当時は、時代も良くて余暇で海外にも頻繁に行ったり、レストランを巡ったり、そういう時間をゆったりと過ごせました。その際に、知らず知らずにレストラン=食の世界に興味をもっていったのです。
一度きりの人生だから、自分が飲食の世界に入って、その世界の現実を見てみたいと思い、周囲の反対を押し切ってレストランで接客のアルバイトから始めました。
やってみると想像していた世界と現実のギャップが大きくて。当時の飲食業界はまだまだ男社会でしたし、女性がリーダーとして表へ出る場所はほとんどないような時代で、私は飲食業界を牽引するのは女性だという信条があったので、まずはその点に驚きました。何より飲食業界で働いている側の人たちがもっとプライドや夢をもって働ける環境が必要だって強く感じました。
その後、ある人の紹介で小さな仏料理店の店長を任されることになって、それを機に売上げから、業者さんとの取引から、人材教育、お金の管理までを責任持つ立場になり、その経験を通して色々な勉強ができました。
その時期に、現場で働く人のモチベーションが常に高く保てる「環境」を作る大切さを痛感しました。


せっかくいい会社に入ったのになんで辞めるんだ?

インタビュー 画像

佐野 転職のときは、両親含め周囲に相当反対されました。でも、押し切りましたね。
当時は「なんでせっかくいい会社に入ったのに、給仕なんてするんだ?」って疑問の声ばかり。たしかに当時レストランでの接客業は、まだお客様である立場の人たちからは下にみられる存在だったので、そういう声が出ても不思議ではない状況でした。
でも20年以上続けてきて、今になってやっと周りも認めてくれるようになりました。昔の友人から「いい仕事を選んだな」とか「やっぱりプロの気配りは違う」と言われると、とても嬉しいです。

─店長時代はワーカーホリックと言ってよい程、朝から晩まで働いたとうかがいましたが?

佐野 店長は本当に経験して良かったと思います。ただ、頑張りすぎて、自分が身体を壊してしまって。売上げは大幅に上がったものの、結局自分が辞めるときに後輩たちも一緒に辞めると言い出してしまったりして、お店自体は振り出しに戻ってしまうという経験をしました。それで、人を育てることの大切さを痛感しました。一人で頑張っても仕事って成り立たないんですよね。店長が居ようが居まいが、スターシェフが居ようが居まいが、安定したサービスを提供できるお店を作らないと意味がないんです。
この時期の経験を通して自分が人生を通してやるべきことが見えてきました。「これからは、人を育てることを私のライフワークにしよう」と決めました。

─この店長のご経験の後に、赤坂璃宮の再立ち上げに携わられたのですか?

佐野 そうですね。ちょうどその頃、「璃宮」のリニューアル(再建)を任されていたホテルエドモントの譚彦彬シェフから、突然声がかかりました。「自分は料理で店を建て直すので、表(サービス)の事は全部任せたい」と言われました。
譚シェフと出会ったのは、たまたま私の店長時代の仕事ぶりをご覧になっていて、私を覚えていて下さったんです。あまりに急なお話でしたので、びっくりしましたが、運命的な出会いでしたね。


一番大切なのはビジネスパートナー

─大きな店の運営となると、「店長」というご経験以上の範囲を対応しなくてはならない仕事ですよね?

佐野 そうです!もうそれから3年くらいは譚さんも私も休まず働きました。
仕事をする上で、私が一番大切だと考えるのは、ビジネスパートナーだと思うんです。そういう意味で、譚さんとの出会いは幸運だったと感じています。昨日まで別々の店の「シェフ」と「店長」。「経営」面ではお互い素人同士だけど、素人ながらもお互いが居たから信じて突っ走ってこられたというのが実情ですね。考え方や思いがぶつかることもありましたし、エネルギーがひとつに調和できるまではやはり10年はかかったと思いますが、お互い手を抜かずに本気で向き合ってきたからこそ、最終的には良い方向へ向かえました。

─例えばどういうぶつかり合いがありましたか?

佐野 赤坂璃宮の再スタートの時に、料理人もスタッフも全て入れ替えて「全く新しい店」としてスタートしたのに、譚シェフは表に出るのをとても嫌う料理人でしたので、再スタートから1年経っても周囲のお客様の認識は昔のままの璃宮だったのです。プロモーションする立場の私としては、もっと譚シェフに全面に出て行って欲しいという気持ちが強かったのですが、譚シェフはメディアへの露出は全てお断り!(笑)これには本当に苦労しました。おかげさまで今では、「赤坂璃宮」=「譚さんの店」として認知していただけるようになりましたけど。

─今のお仕事のポーションとしては、赤坂璃宮のお仕事と、カメリアエンタープライズのお仕事とどちらが多いんですか?

佐野  同じぐらいですね。赤坂璃宮の現場には毎日必ず顔を出しています。



PAGE : 1 2

pairsバナー
究色タイツ特設サイト バナー
はじめようヨガライフ バナー