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輝く女性の「私が社長になったわけ」 vol.4 K.T.スカンクワーク照井加代子氏  PAGE : 1/2 >

「なぜ彼女は輝いているの?」
そんな疑問に答えるため、輝く女性社長に注目して「社長になったわけ」、つまり彼女たちのルーツを解き明かすことで、輝く秘訣を探っていく「女性道」探求企画・第4弾!

Today’s Guest

今回は、大手百貨店のファッションディレクターを経て独立された、株式会社K.T.スカンクワーク社長の照井加代子氏にお話を伺いました。
今もファッションディレクターとして独自のセンスを活かした企画を手がけている照井氏。子育てに奮闘しながらも、同時にファッションディレクターとしてのキャリアも築き上げた照井氏のポジティブな生き方に焦点を当てて、よりハッピーな人生をおくるための秘訣を探ります!


プロフィール 画像

照井加代子 PROFILE

アパレル会社のデザイナー、伊勢丹のファッションディレクター等を経て、株式会社K.T.スカンクワークを設立。現在は百貨店を始め、様々なアパレル会社のディレクションを行う。趣味はダイエット。


─卒業後はアパレル会社へ就職し、そのアパレル会社のデザイナーからフリーの商品プランナー時代を経て、大手百貨店伊勢丹のシンクタンク的な役目を担う伊勢丹研究所で婦人服のファッションディレクターのキャリアを深められた照井さん。まず、具体的に百貨店のファッションディレクターとはどういうお仕事なのか教えてください。

照井 その百貨店自体を時代性や周りの環境に合わせてどう展開していくべきかをマーケティング・企画提案していく仕事です。具体的には、各シーズンのテーマ性を打ち出して、各フロアやショーウィンドウの装飾の方向性を出したり、新しい売り場の提案や、プロモ-ションの打ち出し等、新しい仕掛けを考える事が仕事です。
私がディレクターを務めていた当時の伊勢丹の場合は、顧客にとって「自分を若々しくする百貨店」という印象があることを前提に、ライフスタイルの変化を捉えて “カジュアルスタイリング”というコンセプトを打ち出して、売場全体のカジュアル化を図りました。その頃は、まだまだカットソーやニットがメジャーなアイテムじゃなかった時代で、ミセス向けのフロアにはジャケットが多く陳列されていました。そういう時代の変化を徹底的に分析し、将来を見据えた戦略を立案していくことが、ファッションディレクターの仕事です。各商品のバイヤーへ、今年の春はどういう物が流行るのかなどの情報を元に、何を購入するべきかという指針を出すことも仕事のうちでした。要するに、全体的に伊勢丹のテーマを決めて、色から何から統一性を持たせて、そのデパートの特徴を出して行く、ということが仕事ですね。


じゃあ自分で作ってみろ、って言われて

インタビュー 画像

─現在のお仕事のベースは伊勢丹時代に築かれたんですか?

照井 色々な経験がベースになっています。昔からアパレル以外でも何かを作り出すことが好きだったんです。結婚して子供を生んだ頃は、フルタイムで働かず育児もきちんとやりながら仕事をしようと決めてフリーで働いていました。その時に、京都の老舗の会社から日本伝統工芸を現代の雑貨に作りかえていく企画を頂いて。
例えば舞妓さんのつまみかんざしを髪留めにする作業をしたことがあったのだけど、あのときはとても楽しかったわ。つまみ細工で髪留めを作って行くことを職人さんにお願いしても、彼らの概念からするとデザインが受け入れられないの。こちらが出したデザインが黒などを基調にしたシックなデザインだったから、本来色とりどりな七五三向けのかんざしなどを作っている職人さんからすると理解できなかったのね。でも、千葉に居る職人さんのところまで通って直談判したら、「じゃあ、作ってみろ」って言われて。(笑)
言われるまま通い込みで自分のデザインの髪留めを自力で作ってみせたら、職人さんも「え!結構いけるなー!」みたいに理解し合えて。すごく楽しい経験でした。
他には、「ガラスの重箱を作りたい」とか思いついたことをどんどん形にして、百貨店で売ってもらったりしたこともあります。それが、伊勢丹研究所に入る前の頃の話で、伊勢丹に入る決断をしたのは実際にお客様がどういうものを喜んで購入するのかを、売る立場で勉強しようと思ったのが理由なんです。伊勢丹への入社当時は売り場のコーディネーターとして、セレクトショップみたいな枠組みを作る企画をしたこともありました。「これからの時代は自分自身をプロデュースする時代だ!」という方向性で。


自らの言動には気をつけるようになりました

─伊勢丹のコーディネーターからファッションディレクターという経歴は、ファッション業界では一目置かれる存在ですよね?

照井 伊勢丹のディレクターというとアパレル業界の中でも発言が重用視されることがあり、その立場に自分の身を置くことで、自分の言葉の重みを認識して、発言内容には気をつけるようにしました。ブランドの展示会で意見を求められた場合は、明確に「伊勢丹で売れるか?」としての意見であることを伝えて発言するようにしていたし、何か意見を言う際には必ず一つ褒めるポイントも見つけるようにしていたの。あとは、相手が新人であろうと、大手アパレル会社であろうと、常に態度は変えずに物は言うようにしていました。これは私が人に対する接し方で気をつけていることで、相手の立場によって態度を変えるようなことは、決してないようにしています。


自分の意見がダイレクトに反映される仕事

─フリー時代は作り手側の視点を、伊勢丹時代は売り手側としての視点を身につけられたんですね。独立されてからの思い出に残る仕事は何ですか?

照井 横浜にクイーンズイーストというショッピングモールができるということで、そこのオープンに向けてファッションディレクターとしての仕事を請け負ったの。その仕事は仲間がとても生き生きしている人たちで、玄人過ぎない視点も持っていて、ある意味新鮮な経験ができて楽しかったです。当時は、まだクイーンズイーストは場所も利便性が良いわけではないところに企画されたショッピングモールだったから、周囲の理解も薄く、「このお店を入れたい!」と思っても、なかなか相手側のOKが出なかったの。
でも、ここでの経験は、今までの百貨店での経験とは違って、コンセプトを決めるにも自分の意見がダイレクトに反映される環境だったので、とてもやりがいがありました。今まではコンセプト一つ通すのに何年掛かるんだっていうくらいの大きな組織の中での仕事だったので。
でも、クイーンズは下着から靴下まで置く商品一つ一つに意見をしていきました。

─なんだかスゴく楽しかった様子が伝わってきますね!

照井 そうそう、あの仕事は本当に楽しかったの。その後、大手の百貨店からまたファッションディレクターとしてのお誘いを受けたのだけど、私としてはもうディレクターという重責を担うより、自分が判断してそれを実現していくことをやりたいという思いもあって、その百貨店の人と話して、平場(ひらば)の企画プランニングをさせてもらうことにしたの。平場とは、百貨店の中の特定のブランドの店舗が出ていないスペースで、百貨店にとっては平場の特徴がその百貨店の色になる場所なんです。それなら色々面白い取り組みを実現することもできると思って。



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