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輝く女性の「私が社長になったわけ」 vol.2 Mikako Nakamura中村三加子氏  PAGE : 1/3 >

「なぜ彼女は輝いているの?」
そんな疑問に答えるため、輝く女性社長に注目して「社長になったわけ」、つまり彼女たちのルーツを解き明かすことで、輝く秘訣を探っていく「女性道」探求企画・第2弾!

Today’s Guest

社長としてだけでなく、デザイナーとしてもご活躍される中村三加子さん。
1993年に立ち上げた(株)オールウェイズは日本のファッション業界の要といえるブランドのデザインや製品製造を支えてきた。彼女のセンスが光る服を扱う会社は、ビームス、ユナイテッドアローズ、そしてLAURA ASHLEYなど、名前を挙げれば知らない人はいないだろう。
2004年にはご自身のブランドMikako Nakamuraをセミオーダーブランドとして発表し、3年前には、より気軽に購入できる新ブランドM・Fil(エムフィル)をプレタポルテとして立ち上げた。こんな輝かしい経歴をもち、次々と色々なことにチャレンジするアクティヴな女性は一体どんな方だろうと、若干緊張気味で迎えた中村氏との対面。さっそうと部屋へ登場した女性は、イメージ通りの明るくハツラツとした人柄で、女性ながらに「カッコいい!」が第一印象でした。


プロフィール 画像

中村三加子 PROFILE

東京都出身。1993年、株式会社オールウェイズを設立。企業ブランドの立ち上げや、海外デザイナーのコンサルティングを行う。2004年、会社設立10周年を機に、自身の生き方を表現した「Mikako Nakamura」を発表。目白にサロンを開設し、サロン販売を開始。2008年、「Mikako Nakamura」のコーディネートブランド「M・Fil(エムフィル)」を発表。

株式会社オールウェイズ
http://www.always1993.com/


─今回の取材場所は、Mikako Nakamuraのサロンを使わせて頂いているのですが、このサロンの雰囲気はぐっと落ち着いているのに反面華やかさがあり、服をオーダーする過程から既にサロンのオーラを身にまとうような楽しさを体験できて心が弾みます。この美意識の高さは幼いころから培われたのですか?


家にアトリエがあったり、石膏像がごろごろと

中村 祖父が山岳画家だったこともあり、家にアトリエがあったり石膏像がごろごろと転がっていたりするのが当たり前のような環境で育ち、祖父の描く絵画を間近で見て育ったので、一般的な家庭よりは美術と触れ合う機会は多かったかもしれません。私自身も小さい頃から先生について絵を習うような、ちょっと特別な環境でしたね。

─美意識を磨くには素晴らしい環境ですね!美術から洋服のデザインにご興味が発展していったきっかけは?

中村 友禅の画家をしていた父の影響で布自体に興味をもち、元々はテキスタイルデザイナーになりたかったんです。布を作ったり、布を織ったり、布を染めたりするデザイナーに。ただ、日本ではテキスタイルデザイナーという地位が確立されていなかったため、それを本業とするチャンスは少なく、それであればテキスタイルをやっていく上でデザイナー寄りの立場を進む方が良いと思って。
だからこそ、デザイナーである今でも服の質や素材にはとてもこだわりますよ

─たしかに、Mikako Nakamuraの洋服は、生地へのこだわりやシンプルな中に最大限の美を追求したデザインには、モノの本質を大切にされている気持ちが表れていますね。


でも、社長になることが必須ではなかった

─ところで、今こうして社長をされているきっかけは何ですか?

中村 元々独立意識は高かったので、いつかは「自分でやりたい」という思いはずっとありました。人と違うことをやるのが好きなタイプだったので、ならば「自分で会社をやるのがいいのかな?」と思って。
でも、自分が社長になることは必須ではありませんでした。たまたま経営パートナーが、ファッション業界は女性が顔になる方が良いという考えを持っていて、「ならば私が社長で」ということで。だから、社長は一つの役職にすぎないと思っていて、社長業にこだわる気持ちは全く無いんです。
うちのブランドとして、「お客様にどんな感動を提供できるか?」「高いクオリティの洋服をどう提供できるのか?」というポイントの方が大切なんです。

─創業当初からお客様が付いていたのですか?

中村 私が独立したのが30代半ばの時代。デザイナーとしては若い年齢だったから、最初からお客様がついている訳じゃなかったので、創業当時はどんな仕事でもやってきたわ。でも、その積み重ねで今がある。このサロンに来て下さるお客様はとても素敵な方達ばかりで、自分がデザインした服をそういった方々に着て頂けることを本当に幸せに思います。


楽天的。でも、モノ作りについては妥協できない

─「お客様に恵まれている」、それは、中村さんのこだわりにお客様がついてきているのだと思います。そんなご自身の性格を一言で表すと?

中村 え~と…“楽天的”かしら?
立場上怒らないとならない時もあるけれど、決して引きずらない。「あの時、ああ言ったから」みたいな過去のことをずっと覚えている、ということが全くないんです。
でも、モノ作りについて妥協はできないわ。だからその意味では“わがまま”ね。「こういうモノを作りたい」ということに対して「できませんでした」って言われても、「なんで?」「どうしてできないの?」「やるためにはどうしたらいいの?」って(笑)

─詰め方がスゴいですね(笑)。でも妥協を許さないと、どんどん行き詰まっていくことってありませんか?

中村 そういう時は、どこかへ行ったり、映画を見たり、あと10年くらい同居している大きな息子がいるの!「エアーデルテリア」っていう大きなワンちゃんなんですが、彼と散歩をしたり。
でも、デザイナーって会社に居ても居なくてもデザイナーとして考えるべきことは常にあるから、オンオフの区別が無いわね。逆に言うとずっと余暇というか(笑)。



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