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輝く女性の「私が社長になったわけ」 vol.1 now fashion agency岩崎アキ子氏【前編】

「なぜ彼女は輝いているの?」
そんな疑問に答えるため、輝く女性社長に注目して「社長になったわけ」、つまり彼女たちのルーツを解き明かすことで、輝く秘訣を探っていく女性道探求企画です!

Today’s Guest

記念すべき第一弾の輝く女性は、NHK大河ドラマ「龍馬伝」にも出演中の正統派女優真木よう子さんが所属する(株)フライング・ボックスの社長岩崎アキ子氏です。岩崎氏は人気モデル加賀美セイラさんが所属するnow fashion agencyの会長でもあり、そのnow fashion agencyはなんと今年で創業40周年だそうです。ある調査によると設立から20年続く会社はたったの0.3%。そう考えると40年のスゴさがわかります。岩崎氏が赤裸々に語る「社長になったわけ」。今回は特別に第1弾ということで、前編と後編の二回に渡ったスペシャルインタビューです。静かで物腰穏やかな口調から語られる彼女のルーツには、輝く女性たる”わけ”が詰まっています!

プロフィール 画像

左:現社長 高田まなみ氏
右:岩崎アキ子氏

岩崎アキ子 PROFILE

東京生まれ。コマーシャル制作会社・モデルエージェンシー勤務を経て、1970年、株式会社ナウ・ファッション・エージェンシー設立。80年代以降は、世界の舞台で活躍する日本人モデルを育て、パリコレクションやバルセロナオリンピック開会式のステージに送りだした。愛犬はモモ。

now fashion agency公式WEBサイト
http://www.nowfashion.co.jp/

» 所属モデル・加賀美セイラDD独占インタビュー
「スタイル維持の秘訣は“食べること”!?」


─今年は貴社創業40周年ということで、おめでとうございます。

岩崎 ありがとうございます。実はあまり40周年ということにピンとはきておりません。毎日が昨日の続きという思いでやってきたので(笑)

─日々やるべきことを一生懸命やり、その連続ということですね。
ところで、そもそもどのような経緯で会社の立ち上げに至ったのですか?

岩崎 もともとあるモデルエージェンシーでチーフマネジャーとして働いていたときに、その会社の経営方針とは合わなく退社したところ、6人くらいのモデルが一緒に辞めて私についてきてしまって(笑)。それで彼女たちのためにもきちんと会社を創らないといけないと思ったの。だから決して「社長になるわ!」という勢い込んだ独立ではありませんでした。


時代にあった女性たちとの仕事

インタビュー 画像

─なるほど。とはいえ、6人もモデルさんが付いて来てしまうのは岩崎さんの人徳ですね。独立されてすぐに会社は軌道にのったのですか?

岩崎 当時(70年代)は丁度ジーンズファッションが最先端の時で流行もカジュアルな方向に移行する中で、その時代性にNow Fashion Agencyのモデルたちのイメージがぴったり合ったの。だからとても忙しくて、みんなでわいわい仕事をしていた記憶があります。

─「時代に合った」というのはどのようなモデルさんですか?

岩崎 クリエーター達が憧れてしまうような「自由な女の子たち」というイメージです。当時アメリカンスクールに通っていながら、夜な夜な遊び回ってしまうような不良少女たち。(笑)

─そういう女の子たちをマネージメントするのは大変だったのでは?

岩崎 そうですね。きっと当時は彼女たちと戦っていたかもしれません。(笑)
でもね、下品な女の子は一人もいなかったの。だから精神的には救われていたのでしょうね。

─たしかに岩崎さんのもとには、加賀美セイラさんや田中久美子さんのように品が良い女性が集まっていますね。

岩崎 当時から、人を貶めたりする人や、お金のために何かするような人は一人もいなかったです。自分らしく自由に生きたいという女性が多かったんですね。


「今」でいるために常にクオリティにこだわりたい

インタビュー 画像

─創業からこれまでの一番の苦労は?

岩崎 過ぎた苦労は忘れてしまうほうだから、あまり覚えていないんだけど。時代の流れでバブル時期にはクオリティが伴わないのに派手な売り方をしているブランドが次々出てきたけど、nowはポリシーを大切にしていたからバブル全盛期でも大儲けするような波には乗らなかった。だからバブルで社会全体が盛り上がっている時期に「明日の給料どう払おう」って悩んだ時もありました。特に外人モデルがもてはやされた80年代に、nowは外人モデルを一切扱わなかったの。外人モデルたちが日本のクリエーターたちを見下している目線に堪忍できなかったのね(笑)浅草育ちのはっきりした性格が出てしまったのかしら。

─最近は、雑誌や本をネットや携帯で見る人が増えていますが、どう思われますか?

岩崎 「now fashion agency」という社名にしたのは、いつも「今」でいようという思いから。マネージメントっていつもその時代にいないと成り立たないでしょう?だからウェブなどの新しい媒体についても自分から知ろうとするミーハーな気持ちは大切にしています。昔からある紙媒体の良さもわかった上で、ネットや携帯は使用する側にとって選択肢が広がっていると捉えているから。ただ、いつも「今」な存在でいるために常に時代の動きを感知して、その時代が必要としているモデルをお届けできるように意識しています。外見も中身もその時代の求める人であれば、自ずと周りから必要とされるでしょう?

─人のマネージメントには、どうしてもモデルさん自身の人生の流れなども仕事に影響すると思うのですが、そういった部分での大変さは?

岩崎 職業モデルとしての彼女が居る一方で、個人としての彼女の人生もあります。だから個人の部分は各人に任せています。彼女たちとの付き合いを短いスパンの付き合いだとは思っていないので、結婚して辞める人もいれば戻ってくる人もいる、そんなそれぞれの人生の流れにあわせて付き合っています。

─所属するモデルさん個人個人の人生の流れを受け止める、そんな懐の広さが岩崎さんの人望に繋がっているように思います。事務所開設のきっかけとなった6人のモデルさんが岩崎さんに着いてきてしまったハプニングも、納得ですね。


colum 彼女が輝いているわけ

今回のキーワード いつも「今」でいよう

岩崎氏が会社名に取り入れたほどこだわる「NOW」な存在であること。
彼女の話を聞いて強く感じたのは、彼女自身の生き方がその時代を描き出す「今」となっていることだ。決して時代や取引先に迎合することなく、そしてモデルたちにも時代に媚びさせることはさせず、常に時代から求められる人/会社であり続ける。そのためには、時には損とわかりつつも筋を通すことを厭わない。そんな凛とした生き方が、常に「今」であり続ける岩崎氏の魅力のベースとなっているのではないだろうか。
ふつう、周りの人につい何かを求め過ぎたり、時代や周りに流されたりしてしまうことも多い。でも、人生に必要なのは、どんな状況でも物事の質にこだわるブレない自分を持つこと。そしてそういう自分を追求した先には、人から求められる自分になれるんだって、岩崎氏から学びました。

さて、次号の後編では、そんな岩崎氏の働く女性としてのモットーや、ちょっと変わったnow fashion agencyの社訓をご紹介します!

ライター/中村未知子

中村未知子 PROFILE

東京生まれ。映像配給会社勤務を経て、2010年7月、カルチャヴィル合同会社設立。海外映像作品の買付・製作の業務を中心に行う傍ら、「Culture-Ville=文化が集まる村」として子供たちに様々な文化を体感できる機会を創るためのイベント事業も計画中。

http://culture-ville.s1.bindsite.jp/index.html


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